初めての仕事
大学を卒業して最初の仕事は、上海・陸家嘴にある某銀行のIT部門だった。
でも、上海に行くのはそれが初めてで、右も左もわからない状態。まずは家探しからだった。周知の通り、上海で部屋を借りるのは至難の業だ。一番の理由は家賃の高さ。自分に合っていて、かつ予算に見合う物件なんてそうそうない。
初出勤の日、遅刻は厳禁だ。自分なりにかなり早起きして、卵2個と牛乳1杯を流し込み、ノートPCを担いで地下鉄に飛び乗った。地下鉄が上海の街を駆け抜けるたび、どの駅からも人がなだれ込んできて、車内はすし詰め状態。幸い、僕は遠くに住んでいたから座ることができた。
隣に座っていたのも若い男の子で、ノートPCを開いて何かを眺めていた。技術ドキュメントだろう。年齢も僕と同じくらいに見えたし、きっと彼も新卒なんだろうなと思って、声をかけてみた。「よお、君もエンジニア?」
彼はちらっと僕を見て、「そうですよ」と答えた。お互いのスイスアーミーのバックパックとチェックのシャツを確認し合い、TCPの3ウェイ・ハンドシェイクが成立した。
僕は聞いた。「仕事中なの?」
彼は画面を見つめたまま、「いえ、勉強です」と言った。
僕は驚いた。「こんなに混んでてうるさい地下鉄の中で、勉強なんてできるの?」正直、こんなカオスな環境で勉強しようと思いつくこと自体、僕には信じられなかった。
彼は真面目な顔で言った。「ええ、少しでも進めたいんです。時間は大切にしたいし、学んでおいて損はないですから」
僕は相槌を打ったけれど、心の中にふと、ある思いがよぎった。「僕も将来、こうなっちゃうのかな?」
急に恐怖が込み上げてきた。こんな風にはなりたくない。ひしめき合う群衆を眺めながら、僕は初めて上海という街の、この息の詰まるような空気感に恐怖を覚えた。
働き始めてしばらくして、僕は仕事の意味、そして「なぜ働くのか」について考え始めた。
思考を整理してみよう。
子供の頃からずっと、僕の主な目標は「しっかり勉強して、いい成績を取ること」だった。すべてはいい大学に入るため。いい大学に入るのは、いい仕事に就くため。いい仕事に就くのは、お金を稼ぐため。お金を稼ぐのは、都会で家や車を買い、奥さんをもらうため。
つまり、これまでの努力の目的をまとめると、結局は「金」という二文字に行き着く。
じゃあ、なぜ「雇用」されて稼がなきゃいけないのか? それは僕が生産手段を持っていないからだ。だから誰かの下で働くしかない。新卒が社畜になる理由は、生産手段を持っていない、ただそれだけのことだ。
では、一生懸命働いて昇進できる確率はどれくらいか? 周りの同僚を観察した結果、大したことはないという結論に至った。じゃあ、やりたくもないこと——上司との飲みニケーションや、おべっか、世渡り上手なマナーや「高いコミュ力」とやらを身につける必要があるのか? 答えは、イエスだ。だから僕は会社員に向いていない。そんなことしたくないから。
じゃあ、自分を追い込んでコミュ力を磨けるか? 上司に気に入られるような可愛い奴になれるか? 無理だ。僕は嫌なことはしたくないし、自分に嘘をつくのもごめんだ。これが、僕が辞めるべき理由だった。
辞めた後、どうする? 収入がなくなって、本当に幸せになれるのか? それはわからない。今より良くなるかは不明だけど、少なくとも「自分の嫌いな自分」にはならずに済む。そう確信して、僕は潔く辞表を出した。
辞めた後、どうやって食っていくか。
当時の僕は、毎日早起きしたくなかった。早起きは心身の健康に悪い。コミュ力なんて高めたくなかった。バカだと思った奴とは口をききたくない。周りに無能な同僚がいてほしくなかった。アホと同じオフィスにいたくなかった。だから辞めた。
正直、辞めた直後の無収入はきつかった。毎月の家賃も払わなきゃいけない。僕は自分を追い込むのが嫌いだから、シェアハウスなんて選ばずワンルームを借りていた。家賃は当然高い。仕事がない状況で、これはかなりの痛手だった。
そんな時、暇そうにしている僕を見かねた友人が、江蘇省の地方都市でのネットワーク構築プロジェクトを紹介してくれた。人生で初めて、1週間で8万元(約160万円)稼いだ。もちろん単発だけど、最高の滑り出しだった。その後、浙江省の仲間がネット関連のプロジェクトに誘ってくれた。2年後、僕は自分の街の都心に、キャッシュで1軒目の家を買った。……その後、2軒目も。
時々、誰かにこの話をすると、「仕事をやめるには勇気がいるよね」と言われる。客観的に見れば、僕は幸運だった。プロジェクトに誘ってくれる仲間がいて、いい話を共有してくれる友人がいたから。
でも、もしあの時辞めていなかったら、そんなチャンスに巡り合うことさえなかったんじゃないだろうか?
ある動画を思い出す。
「全ツッパ(シャーハ)!全ツッパだ!」
