このタイトルは少し長めですが、内容は日常生活のリアルな事例から取ったものです。これを読んでいるあなたの周りにも、似たような話があるかもしれません。以前、面白い言葉を目にしたことがあります。「トイレットペーパーの使用率は10%だが、残りの90%は安心感のためにある」というものです。
当時これを見た時、まさにその通りだと、思わずニヤリとしてしまいました。世の中の多くのことは、実際そういうものですよね。
私はIT技術のトレーニング事業を運営しています。会社には集客を担当する「営業部門」と、授業を行う「教務部門」があります。研修の構造自体は非常にシンプルです。
しかし、これほど規模の小さいシンプルな会社であっても、お互いの「言語」が通じない場面が多々あります。時々友人から「日本で言葉が通じない時はどうするの?」と聞かれますが、私は「いや、日本どころか中国国内にいたって、言葉が通じないことなんてザラだよ」と答えています。
うちのカリキュラムはかなりの規模です。他社と比べて「うちが最高に凄くて技術も一番細かい」とまでは言いませんが、カバーしている範囲の広さに関しては唯一無二だと自負しています。まあ、技術者同士が集まって「どっちのITスキルが上か」なんて競い合うこと自体、バカげているしダサいことだとは思っていますが。
詳細は伏せますが、うちのコースと受講生データを簡単に説明します。
コースは入門、中級、上級、トップレベルに分かれています。実際、高い給料を望むなら上級までマスターすれば仕事に困ることはありません。しかし統計(受講生はそれなりの大学出身者ばかりです)を見ると、上級コースを「学ぶ(理解する、ではなく着手する)」学生は50人に1人、トップレベルまで辿り着くのは400人に1人程度です。ほとんどの学生は、中級をなんとか終えると、大学院入試やコンテストに流れていき、院に入ればもう勉強しなくなります。これは院が役に立つからではなく、「院に入りさえすれば、技術がなくても仕事が見つかる」という執着があるからです。そして卒業間際になって、院でも時間を無駄にしたことに気づくわけです。
そこで気づいたのは、多くのカリキュラムがいわゆる「パラドックス(逆説)」の上に成り立っているということです。宣伝では「ネットにはない高品質な内容がある」と謳い、学生も「これを受ければ自分も強くなれる」と期待して申し込みます。しかし結局、その大半は社会的な「負け組」になってしまいます。
あるスタッフが「教育事業の目的って一体何なんですか?」と繰り返し聞いてきたことがありました。私は「金儲けに決まってるだろ。学生一人につき1万元の赤字が出るならやるか?そういうことだよ」と答えました。私たちは、彼らの失敗続きの人生という道に「料金所」を設置して、通行料を取っているに過ぎません。その中で、自らの努力で未来を変えられるのは、ごく一握りの人間だけです。
元教え子のスタッフがこう言いました。「ルームメイト(かなり努力家なタイプ)と一緒にトップレベルのコンテンツを見たんですが、広さはあっても深さが足りない気がします。これでは学生に何を提供できるのか分からなくなります」
これで思い出したのが、ある211工程(重点大学)の院に進んだ学生の話です。彼の専門は「A」という非常にマイナーな分野でした。私もよく知らない分野です。すると営業部門が「A分野の博士チームからコンテンツを買い取って、コースに追加しませんか?そうすれば宣伝のフックになります」と提案してきたのです。
私はなんて愚かなんだと思いました。一人の学生がAを研究しているからといって、Aをカリキュラムに入れる必要があるのか?その学生自身が1%のトップ層なんです。その1%のために、わざわざサービス全体の技術的深度を底上げしようとするなんて、滑稽な話です。
うちのトップレベルのコンテンツには、国内トップクラスの権威に協力してもらったものもあります。制作時、彼に「これ、実際に学ぶ人はどれくらいいますかね?」と聞かれ、「おそらくゼロでしょう。でも、存在することに意味があるんです。それがあることで、みんな安心するんですから」と答えました。
これが「パラドックス・コース」です。たとえ中身が空っぽでも、営業担当はそれを知らずに宣伝し続けます。そして結局、誰もそこまで辿り着きません。でも、みんなの目には見えている。「これを学びたい」という学生がいれば、「まずは基礎のこれ、次にステップアップのこれをクリアしないとダメだよ」と言えばいい(実際その通りですし)。そうすれば、学生は必ず諦めます。ここ数年、例外はありません。
就職した学生たちの状況を見ても、大手企業に入ったところで、トップレベルの技術なんてまず使いません。出世していくのは、家庭環境や地頭、学習能力、コミュニケーション能力が高い層であり、技術は(よほど突き抜けていない限り)決定的な要素ではないのです。
トイレットペーパーの使用率は10%ですが、残りの90%は安心感です。
「大学に入れば幸せになれる」「院や博士に行けば幸せになれる」「教材をクラウドに保存すればマスターした気になる」「すごい人の研修を受ければ自分もすごくなれる」「上司と仲良くなれば自分も偉くなった気がする」「金持ちとつるめば自分もすぐ金持ちになれる」
結局のところ、私たちは彼らが幻想の中で生き続ける手助けをしているだけなのかもしれません。
