最近、ネットで「ドリームコア(Dreamcore)」に関する投稿をよく見かけるんだけど、その流れで「チャイニーズ・ドリームコア(中式夢核)」に出会って、すごく心に刺さるものがあったんだ。だから、それについての自分の考えや感じたこと、考察を記事にまとめておこうと思う。
僕が言う「中式夢核」っていうのは、主にミレニアム前後(2000年前後)の集団記憶のこと。僕は90年代生まれで都会育ちだから、こういうコンテンツを見ると本当に感慨深いというか、初めて見た時はなぜか言いようのない切なさが込み上げてきた。
以下は、ドリームコアにまつわる断片的な記憶の記録。
青や緑のガラスカーテンウォールのビル:

子供の頃、街中でよく見かけたブルーやグリーンの反射ガラスが張られたビル。銀行とか、ちょっといいマンションによく使われてたよね。なんでみんなあんな色のガラスを使ってたのかは謎だけど、たぶん見た目重視ってわけじゃないと思う。昔はエアコン代も高かったし、ああいう色付きガラスにすることで、見栄えを保ちつつ断熱効果を狙ってたんじゃないかな。
親がそういうビルで働いていて、学校帰りに迎えに行って待っている間、いかにも「職場」って感じのお茶と水垢が混ざったような匂いがしてたのを覚えてる。出勤したらまずお茶を淹れて、新聞を広げて、のんびり定時を待つ……。で、翌朝には昨日の茶殻を捨てる。そんな毎日を繰り返しているうちに染み付いた匂い。今でもその匂いを嗅ぐと、「あ、ここは役所か何かだな」ってすぐにピンとくるんだ。
新聞・雑誌の屋台:

僕が小学生だった頃、こういう屋台ってあちこちにあったんだよね。ふと、「これで本当に儲かってるのかな?」なんて考えたこともあった。だって、売ってるものがどれも安すぎたから。
中にはアイスボックスを置いてる店もあって、放課後はなけなしの小遣いで「チュチュ棒(ポッキンアイス)」を買いに走ったっけ。たしか10円くらいだったかな。人工甘味料の独特な味と、突き抜けるような冷たさ。当時はそんなの気にせず、友達とワイワイ言いながら食べるのが最高に楽しかった。
もちろん、もっと高いアイスを買ってるやつがいたら、そいつはもう一気に「金持ちキャラ」扱い。みんな羨望の眼差しで見てたけど……まあ、こっちはこっちで手元の安いアイスが溶けないうちに食べなきゃいけなかったしね。
あと、女の子たちが夢中になってたシール:

子供の頃の女の子の印象って、とにかく「キラキラしてて、いい匂いがして、可愛らしい」って感じだったのを覚えてる。もちろん、後になって分かったんだけど、その正体の多くはこういうシールだったんだよね。筆箱だったか、ルーズリーフだったか……結局あのシールたちがどこに貼られたのか、実はあんまり覚えてないんだけど。
女の子たちの間では、着せ替えシールも流行ってたよね。今思えば、あれが「課金スキン」の原点だったんじゃないかな。セーラームーンの着せ替えシールを買って、お気に入りのキャラに可愛い服を着せてあげるやつ。まあ、実際にやってるのを見たのは、小学校の隣の席の子くらいだけど。
シンプルな家族構成:

実家の元々の色使いって、これと似たような感じだったのを覚えてる。白い壁に、黄色か赤みがかった木のドア枠。そういえば、窓枠も赤いペンキで塗られてたっけ。
後になって他の動画を見て気づいたんだけど、あの時代の古い家って、なんでどこも似たようなデザインだったんだろうね。たぶん当時はみんな経済的に余裕がなかったから、共働きの家庭はどこもそんな感じだったのかも。今みたいにいろんなインテリアのスタイルなんて、そもそも無かっただろうし。
リビングのレイアウトはこんな感じ:

同級生の家にたくさん遊びに行ったけど、リビングの雰囲気はだいたい上の写真みたいな感じだったな。当時は家の面積もそんなに広くなかったし、テレビのサイズもそれなり。もしプロジェクションテレビ(リアプロ)なんて持ってる家があったら、「こいつの親、相当な金持ちだな」って確信したもんさ。
休みの日になると、友達と家に集まってテレビにゲーム機を繋いで遊んだんだ。うちのゲーム機は「小覇王(シャオバーワン)」じゃなかったのを覚えてる。高すぎて買えなかったから、その代用品の「挑戦者」っていう学習機だった。まあ、何であれカセットのゲームさえ動けばよかったんだ。あの頃の楽しさは、何物にも代えがたいよ。
学校の廊下:

小学校から高一まで、学校の廊下は大体こんな感じだった。腰の高さまで一色で塗られた壁に、いくら掃除しても綺麗にならないあの独特な床。南の方だったから、夏はジメジメして、冬は異常に底冷えするんだよね。まるで毎回ボロボロだった中間テストの成績みたいに。
竹シーツと木のタンス:

夏場はやっぱり竹シーツとかござが欠かせないよね。竹シーツには2種類あって、一枚板のタイプと、小さな竹のピースを繋ぎ合わせたタイプがある。どっちにしても、寝心地は確かにひんやりして気持ちいいんだけど、起きた時に体についた跡を見れば、誰もが一目で「あ、今起きたんだな」って分かっちゃうんだよね。
お絵かきボード:

こういうお絵かきボードって2種類あったよね。一つはピンクのベースのやつ。書いた後に上のピンクのシートをペリッと剥がしてまた戻すと消えるタイプ。子供の頃は「ちょっとしたメモに便利だから」なんて言い訳して買ってもらってたっけ。
もう一つはもっと進化してて、磁石を使ったタイプ。白いボードに専用のペンで書いて、下のレバーをスライドさせると一瞬で消えるやつね。後で磁石を近づけても線が引けることに気づいて、「あ、これ磁力で動いてるんだ」って納得したっけ。
ストレート携帯と折りたたみ携帯:

AndroidやiOSが登場する前のデジタル世界が、今でも本当に大好き。あの頃はまさに百花繚乱で、どのブランドも競い合うように個性的なデザインのスマホを出してたから。折りたたみもあればストレートタイプもあって、それぞれに味があったんだ。当時はまだITの知識なんてなかったから、中身がどんなOSで動いてるかなんて全然知らなかったけどね。
普通の折りたたみやストレート以外にも、小霊通(シャオリントン)っていう、家の固定電話と紐付けて通話料を安くできる端末もあった。でも、僕の思い出はそれだけじゃない。家にはレンガみたいにデカい初期の「大哥大(ダーグーダー)」もあったし、ポケベルもあった。ポケベルの番号なんて、今でも暗記してるくらい。
当時は通信が不便だったから、携帯の機能なんてほとんど電話かメール。届いたメール一通一通をすごく大切にしていたし、大人になったらノキアのN97を手に入れるんだって、ずっとワクワクしてた。
Windows 98:

小学生の頃、家に初めてのパソコンがやってきた。清華同方のWindows 98搭載機だった。初めて触る時はめちゃくちゃ緊張したのを覚えてる。当時、8,000元もしたんだ。今の感覚で言えば、かなりのハイスペックPCが買えるくらいの金額だから、当時としてはとんでもない大金だよね。
街にはパソコンショップが軒を連ねていて、ショップやソフトの販売店が並んでいる光景を見るのが大好きだった。まるで自分がテクノロジーの進化の最先端にいるような、そんなワクワク感があったんだ。パソコンが壊れたらショップの店主に泣きついて、店員さんや見習いの人に修理やOSの再インストールをしてもらったりね。
パソコンを手に入れてからは、自分でゲームをインストールしたり、フォルダを新規作成してゲームごとにファイルを整理したりすることも覚えた。そうしないと、変な不具合が起きちゃうから。当時はダイヤルアップ接続でネットなんてほぼ無いに等しかったから、ゲームは全部CD-ROM。だから、変なウイルスやアドウェアを掴まされる心配もなかった。
Windows 98やXPの時代、OSの再インストールといえば「Ghost」っていうソフトが定番だった。でも、結局ITを仕事にするようになっても、自分では一度も使わなかったな。なんだか、いまいち信用できなかったんだよね。
Windows 98では面白いゲームをたくさん遊んだ。「大富翁4」「剣侠情縁2」「スタークラフト:ブルードウォー」「レッドアラート」「ニード・フォー・スピード」、それに「メタルスラッグ」みたいなアーケードエミュレーターとか。ファミコンとPCゲームが共存していたあの頃、ゲームは僕に新しい世界を見せてくれた。
土日になると祖母の家へご飯を食べに行き、その「ついで」に兄貴の家へ行ってゲーム画面を眺めていた。兄貴は地頭がすごく良くて、毎日ゲーム三昧でもクラスで1番を取るようなタイプ。ゲームの腕前もプロ級で、横で見ているのが本当に楽しかった。ストーリーをじっくり楽しめるからね。今思えば、あれが僕にとっての「元祖・ゲーム実況」だったんだな。
Windows XPとダイヤルアップ接続:


Windows 2000の時代はあっという間に過ぎ去り、次に来たのはWindows XPの時代だった。あの頃は、毎日が期待と進化に満ち溢れていたように思う。インターネット技術が産声を上げたばかりで、僕自身もネットの世界に足を踏み入れたのはXPからだった。
中学2年の時、幼馴染が家に来て「お前、QQ(メッセンジャー)持ってる?」と聞いてきたのを覚えている。「持ってるよ」と答えると、「じゃあ、スタークラフトやる時にQQ対戦プラットフォーム使ってる?」と。当時の僕はちんぷんかんぷんで、彼に登録方法や対戦のやり方を教わった。その流れを覚えると、今度は僕が周りの友達全員に広めて回った。
そうして、みんながインターネット時代に突入した。CS 1.5、エイジ オブ エンパイア II、スタークラフト、レッドアラート……オンラインで対戦できるのが楽しくて仕方がなかった。その輪はどんどん広がり、クラスメイトたちとゲームのクランを作るまでになった。校内スポーツ大会の時期になると、みんなでネットカフェに陣取って10台並んで対戦したのもいい思い出だ。
その後、シンガポールのドラマ『力克千年虫(インターネット・サバイバル)』を見てハッカーに強い憧れを抱き、プログラミングやセキュリティの情報をネットで漁り始めた。幸い当時はネットの黎明期で、誰もが自分の技術を惜しみなく共有していた。中2の国慶節の連休、僕はC++で初めてのQQアカウント盗難ソフトを書き上げ、見事「ターゲット」に送り込んで、2から始まる古いアカウントを手に入れた。僕が自分で申請したアカウントはもう4か5から始まっていたから、それは特別な戦利品だった。
それからは土日も勉強に明け暮れ、中2の夏休みには仮想マシンとVC++ 6.0を使いこなし、PCを遠隔操作できる人生初のトロイの木馬を完成させた。Web攻撃の原理も理解した。すべてが刺激的だった。今の視点で見ても、当時の技術コンセプトは非常に進んでいたと思う。IT業界は「中身は同じで器が変わっただけ」のようなところがあり、本質的にはそれほど進歩していないのかもしれない。
90年代生まれ(90後)は、あらゆる世代の中で最も幸せな世代だと思う。ゲームひとつとっても、子供時代にはファミコン時代があり、『スーパーマリオ』『熱血シリーズ』『魂斗羅』『メタルマックス』といった超名作に触れてきた。
PS2やPSPの進化も目の当たりにし、『真・魂斗羅』『真・三國無双』『NARUTO』などに熱中した。
PCのシングルプレイ全盛期には、『スタークラフト』『レッドアラート』『剣侠情縁』『CS』『ウォークラフト』『ディアブロ』『ヒーローズ・オブ・マイト・アンド・マジック3』といった不朽の名作があった。
そして、それらの傑作がネットを通じてオンラインゲームへと進化していく過程も体験した。
さらにその後、AndroidやiOSの普及によるモバイルゲーム、Steam、そして数々の3Aタイトルまで……世界が豊かになっていく様をこれほどダイレクトに体感できたのは、まさに「黄金世代」だけだろう。
【考察】
なぜ僕は、こうした「中式夢核(チャイニーズ・ドリームコア)」なものに惹かれるのか。それは、これこそが僕の子供時代、ミレニアム前後の1998年から2013年という黄金期の記憶そのものだからだ。世界がどうなったとか、国家がどう動いたかという大きな物語には興味がない。ただ、僕の周りで何が起き、僕自身に何が起きたのか、それだけを見つめていたい。
ドリームコアの色調とは何だろう?
それは、温かく明るく、それでいて切ない色だと思う。例えば、夏休みの午後にうとうとと目が覚めた時の感覚。両親はまだ仕事で、近くの幼稚園もまだ終わっていない。ブラインド越しに差し込む日差しが、ちょうど足元をぽかぽかと温めている、あの感じだ。
なぜあの頃を懐かしむのか?
こうした写真を見ると、多くの人はその風景の中を生き生きと動き回る人々を思い浮かべる。白髪のない若々しい父さんや母さんに会いたいと思い、まだ元気だった祖父母の家で遊びたいと願う。今は生活に押しつぶされそうで、日々の暮らしに悩み、良い仕事のために競争に明け暮れ、毎日がどこか死んでいるように感じるから。
「15年分の盛夏を置き去りにして」
15年前、 君はここに住んでいた。 そして今、またここに来た。 ドアを開けると、厚い埃が積もっている。 それは埃なのか、それとも募る思いなのか。 床に、そしてあの頃の記憶に、幾重にも重なっている。 記憶が脳裏に溢れ出す。
君は15年分の盛夏を逃してしまった。 窓の外には緑が広がり、蝉が鳴いている。 あの団扇を覚えているかい? 窓際で枯れ果てた観葉植物を見たかい? 君の心の中で激しく蔓延っているものは、一体何だ? 流れる命は、盛夏の樹々に茂る葉のようだ。
木漏れ日がキラキラと君の顔に落ちる。 夕日が大地を染め上げる。 けれど君は別の場所にいて、この盛夏の鼓動を感じていた。 それは葉っぱじゃない、躍動する命だ。 歳月の記憶の中に、はらりと落ちた。
すべてが昨日のことのように思えるかもしれない。 けれど、もうずいぶん長い時間が経ったんだ。 机の上には15年前のミネラルウォーターが置かれたまま。 ソファには2枚の列車チケットが散らばっている。 それらは、ずっと君が帰ってくるのを待っていた。
君がどこへ行ったのか、僕にはわからない。 君がいなくなってから、 ここには誰も来なくなった。
僕がコバルトブルーの窓から外を見る時、そこにあるのは「かつて」。 君がコバルトブルーの窓から中を覗く時、そこにあるのは「思い出」。
かつての日々は平凡だったと思うかもしれない。 けれど、その平凡な日々こそが幸せの輪郭を描いていた。 ここの風景を、永遠に記憶の中に刻んでおこう。
たぶん、 子供の頃と、老人になってからしか、 ここでは幸せに暮らせないのかもしれない。
時々考える。僕はとても長い夢を見ているんじゃないかと。 大人になって、結婚して、自分のキャリアを築いて……。 ふと目が覚めたら、国語の期末テスト対策の授業中だったり、自分の部屋のベッドの上だったりするんじゃないかって。
この記憶たちが、僕の中で永遠に生き続けますように。 これからも、何度も君に会いに行くよ。