大人になったつもりでいた、あの頃の背伸び

この記事、実は大学を卒業した頃からずっと書きたいと思ってたんだ。でも、当時はまだ経済的な基盤もなかったし、周りをじっくり観察したデータも足りない気がして、ずっと書けずにいた。そうこうしているうちに数年が過ぎて「まあ、そんなもんか」って流してたんだけど、最近また似たような出来事にぶつかってね。いい機会だから、ずっと温めていたこのテーマにケリをつけようと思う。

というわけで、今回語り合いたい思い出のテーマは――「成熟」、そして「成熟したつもりになっているイタい奴ら」について。

大学生の頃、やたらと「成熟(大人っぽい)」って言葉が流行ってたのを覚えてる。「お前、やり方が大人だね」なんて言われるのは褒め言葉で、仕事が丁寧だとか、情緒的な成長が人より「早い」って意味で使われていた。

だから、多くの男子大学生は「大人のフリ」をしたがったんだ。

例えば、僕らが思う「大人の服」を着ること。あどけない顔をしてスーツを着こなしてる大学生をよく見かけたけど、正直、滑稽だなってずっと思ってた。社会経験ゼロの人間の目から溢れ出る「清らかな愚かさと無知」は、服じゃ隠せないからね。

ドラマのワンシーンを真似して女の子を口説いたり、好きな子に一生モノの誓いを立ててみたり。

同窓会に行けば、大人の真似事をして酒を勧め、拳を突き合わせ、酒癖悪く暴れたりタバコを配り歩いたり……。で、数杯飲んだら「俺は学校でこれだけ顔が利くんだ」なんて自慢話を始める。

当時の僕は、そんな彼らを見てこの記事を書きたいと思った。でも、自分も同じ大学生だし、ここで毒を吐くこと自体が「大人のフリ」なんじゃないかと思って踏みとどまったんだ。

でも社会に出てみたら、そんな「大人のフリ」をする男たちがもっと増えていた。

結局、この「大人のフリ」の本質は、自分が「すごい」と思っている目上の人や大人の模倣に過ぎない。なぜ僕がわざわざ「大人」という言葉を多用するかというと、僕の経験上、大人のフリをする男の多くは中身が「巨大な赤ん坊(巨嬰)」だからだ。彼らが装う「成熟」は、彼らの問題解決能力の低さを全くカバーできていない。

いくつか具体的なパターンを挙げてみよう。

  1. 君が詳しくない業界に足を踏み入れようとすると、「あの業界は闇が深いぞ(水が深いぞ)……」と言ってくる。

このセリフを聞いた瞬間、君は腰が引けるよね。それが彼の狙いだ。それから彼は、真実と嘘を混ぜた話を君の知識が及ばない領域までまくし立てる。そうやって動画サイトで仕入れた薄っぺらな知識を披露し、君の羨望の眼差しをゲットしようとするわけだ。

どんな業界の話をしても、彼は「闇が深い」の一点張り。もし誰でも知っているような簡単な仕事の話をすれば、「あんなの稼げないし、簡単すぎる」と切り捨てる。

もしここで、「そんなに裏事情に詳しくて攻略法も知ってるのに、なんで君はまだそんなに貧乏なの?」なんて突っ込んだら、彼は引きつった笑いを浮かべるだろうね。

  1. 君が内向的(I型)で、彼も本当はそうかもしれないのに(外交的なE型を装って)、こう言ってくる。「お前のその性格じゃ、今の仕事が関の山だな。会社や役所に入っても、うまく立ち回れないだろうし(笑)」

確かに、人は自分の性格に合った道を選ぶのが一番だし、そうでなきゃ疲れるだけだ。大人のフリをする奴は、常にどこかでマウントを取りたがる。他に勝てるところがないから、君の「内向的」な部分を仕事に結びつけてPUA(心理的支配)してくるんだ。

へぇ、そんなに顔が広くて立ち回りが上手いなら、なんで君は組織のトップに立ってないの? 30歳までに局長クラスになれたはずでしょ? なんで行かないの? 行きたくないだけ?

  1. 君の交友関係が狭いと決めつけて、「俺は〇〇市の〇〇局長と知り合いだ」「あっちの社長は資産20億で……」と語り出す。

人脈自慢は、典型的な「大人のフリ」だ。そんなに凄い人脈があるなら、なんで今日、その億万長者の社長は君を飲みに誘ってくれなかったの? なんで僕と一緒にここで油を売ってるの?

それに、そんなに大物たちと知り合いなのに、なんで君のビジネスは失敗したの? その「アニキ」たちは、君が困っている時に助けてくれなかったのかい?

トップクラスの大物たちを知り尽くしてて、なおかつこれほど貧乏な人なんて、君くらいしか見たことないよ。

  1. 自分の仕事がいかに過酷か、朝から晩までどれだけ真面目に働いているか、上司に媚を売って酒に付き合うのがどれだけ大変かを語り、最後にこう聞く。「これ、お前にできるか?」

確かに僕にはできないかもしれない。でも、僕は朝から晩まで働かなくても、上司に媚を売らなくても、君より稼いでるし、経済的自由も手に入れた。この生活、君にできる?

こういう事例を、僕は自分自身の身に起きたことも含めて数えきれないほど見てきた。でも、今の僕の心境は昔とは違う。世間一般の「成熟」の定義なんて僕には決められないし、僕自身「あまり成熟していないし、そのフリをする必要もないタイプ」だと自認しているからだ。

もし君のキャラクターや目標が「成熟」にあるなら、僕の方が君より稼いでいて、金を持っているという事実は、君の「成熟」がただのジョークだってことにならないかい? 成熟した人間はよく「俺は結果しか見ない」ってマウントを取るよね。

じゃあ、結果を見てみようか。

そんなに成熟しているのに、なんで君の生活はボロボロなの?

そんなに成熟しているのに、なんで頼れる友達がそんなに少ないの?

そんなに成熟しているのに、なんでまだそんなに低収入なの?

そんなに成熟しているのに、住宅ローンは完済した?

そんなに成熟しているのに、子供を海外留学させてあげられた?

そんなに成熟しているのに、なんでその歳で何一つ成し遂げていないの?

中国式ドリームコア(Chinese Dreamcore)についての考察

最近、ネットで「ドリームコア(Dreamcore)」に関する投稿をよく見かけるんだけど、その流れで「チャイニーズ・ドリームコア(中式夢核)」に出会って、すごく心に刺さるものがあったんだ。だから、それについての自分の考えや感じたこと、考察を記事にまとめておこうと思う。

僕が言う「中式夢核」っていうのは、主にミレニアム前後(2000年前後)の集団記憶のこと。僕は90年代生まれで都会育ちだから、こういうコンテンツを見ると本当に感慨深いというか、初めて見た時はなぜか言いようのない切なさが込み上げてきた。

以下は、ドリームコアにまつわる断片的な記憶の記録。

青や緑のガラスカーテンウォールのビル:

子供の頃、街中でよく見かけたブルーやグリーンの反射ガラスが張られたビル。銀行とか、ちょっといいマンションによく使われてたよね。なんでみんなあんな色のガラスを使ってたのかは謎だけど、たぶん見た目重視ってわけじゃないと思う。昔はエアコン代も高かったし、ああいう色付きガラスにすることで、見栄えを保ちつつ断熱効果を狙ってたんじゃないかな。

親がそういうビルで働いていて、学校帰りに迎えに行って待っている間、いかにも「職場」って感じのお茶と水垢が混ざったような匂いがしてたのを覚えてる。出勤したらまずお茶を淹れて、新聞を広げて、のんびり定時を待つ……。で、翌朝には昨日の茶殻を捨てる。そんな毎日を繰り返しているうちに染み付いた匂い。今でもその匂いを嗅ぐと、「あ、ここは役所か何かだな」ってすぐにピンとくるんだ。

新聞・雑誌の屋台:

僕が小学生だった頃、こういう屋台ってあちこちにあったんだよね。ふと、「これで本当に儲かってるのかな?」なんて考えたこともあった。だって、売ってるものがどれも安すぎたから。

中にはアイスボックスを置いてる店もあって、放課後はなけなしの小遣いで「チュチュ棒(ポッキンアイス)」を買いに走ったっけ。たしか10円くらいだったかな。人工甘味料の独特な味と、突き抜けるような冷たさ。当時はそんなの気にせず、友達とワイワイ言いながら食べるのが最高に楽しかった。

もちろん、もっと高いアイスを買ってるやつがいたら、そいつはもう一気に「金持ちキャラ」扱い。みんな羨望の眼差しで見てたけど……まあ、こっちはこっちで手元の安いアイスが溶けないうちに食べなきゃいけなかったしね。

あと、女の子たちが夢中になってたシール:

子供の頃の女の子の印象って、とにかく「キラキラしてて、いい匂いがして、可愛らしい」って感じだったのを覚えてる。もちろん、後になって分かったんだけど、その正体の多くはこういうシールだったんだよね。筆箱だったか、ルーズリーフだったか……結局あのシールたちがどこに貼られたのか、実はあんまり覚えてないんだけど。

女の子たちの間では、着せ替えシールも流行ってたよね。今思えば、あれが「課金スキン」の原点だったんじゃないかな。セーラームーンの着せ替えシールを買って、お気に入りのキャラに可愛い服を着せてあげるやつ。まあ、実際にやってるのを見たのは、小学校の隣の席の子くらいだけど。

シンプルな家族構成:

実家の元々の色使いって、これと似たような感じだったのを覚えてる。白い壁に、黄色か赤みがかった木のドア枠。そういえば、窓枠も赤いペンキで塗られてたっけ。

後になって他の動画を見て気づいたんだけど、あの時代の古い家って、なんでどこも似たようなデザインだったんだろうね。たぶん当時はみんな経済的に余裕がなかったから、共働きの家庭はどこもそんな感じだったのかも。今みたいにいろんなインテリアのスタイルなんて、そもそも無かっただろうし。

リビングのレイアウトはこんな感じ:

同級生の家にたくさん遊びに行ったけど、リビングの雰囲気はだいたい上の写真みたいな感じだったな。当時は家の面積もそんなに広くなかったし、テレビのサイズもそれなり。もしプロジェクションテレビ(リアプロ)なんて持ってる家があったら、「こいつの親、相当な金持ちだな」って確信したもんさ。

休みの日になると、友達と家に集まってテレビにゲーム機を繋いで遊んだんだ。うちのゲーム機は「小覇王(シャオバーワン)」じゃなかったのを覚えてる。高すぎて買えなかったから、その代用品の「挑戦者」っていう学習機だった。まあ、何であれカセットのゲームさえ動けばよかったんだ。あの頃の楽しさは、何物にも代えがたいよ。

学校の廊下:

小学校から高一まで、学校の廊下は大体こんな感じだった。腰の高さまで一色で塗られた壁に、いくら掃除しても綺麗にならないあの独特な床。南の方だったから、夏はジメジメして、冬は異常に底冷えするんだよね。まるで毎回ボロボロだった中間テストの成績みたいに。

竹シーツと木のタンス:

夏場はやっぱり竹シーツとかござが欠かせないよね。竹シーツには2種類あって、一枚板のタイプと、小さな竹のピースを繋ぎ合わせたタイプがある。どっちにしても、寝心地は確かにひんやりして気持ちいいんだけど、起きた時に体についた跡を見れば、誰もが一目で「あ、今起きたんだな」って分かっちゃうんだよね。

お絵かきボード:

こういうお絵かきボードって2種類あったよね。一つはピンクのベースのやつ。書いた後に上のピンクのシートをペリッと剥がしてまた戻すと消えるタイプ。子供の頃は「ちょっとしたメモに便利だから」なんて言い訳して買ってもらってたっけ。

もう一つはもっと進化してて、磁石を使ったタイプ。白いボードに専用のペンで書いて、下のレバーをスライドさせると一瞬で消えるやつね。後で磁石を近づけても線が引けることに気づいて、「あ、これ磁力で動いてるんだ」って納得したっけ。

ストレート携帯と折りたたみ携帯:

AndroidやiOSが登場する前のデジタル世界が、今でも本当に大好き。あの頃はまさに百花繚乱で、どのブランドも競い合うように個性的なデザインのスマホを出してたから。折りたたみもあればストレートタイプもあって、それぞれに味があったんだ。当時はまだITの知識なんてなかったから、中身がどんなOSで動いてるかなんて全然知らなかったけどね。

普通の折りたたみやストレート以外にも、小霊通(シャオリントン)っていう、家の固定電話と紐付けて通話料を安くできる端末もあった。でも、僕の思い出はそれだけじゃない。家にはレンガみたいにデカい初期の「大哥大(ダーグーダー)」もあったし、ポケベルもあった。ポケベルの番号なんて、今でも暗記してるくらい。

当時は通信が不便だったから、携帯の機能なんてほとんど電話かメール。届いたメール一通一通をすごく大切にしていたし、大人になったらノキアのN97を手に入れるんだって、ずっとワクワクしてた。

Windows 98:

小学生の頃、家に初めてのパソコンがやってきた。清華同方のWindows 98搭載機だった。初めて触る時はめちゃくちゃ緊張したのを覚えてる。当時、8,000元もしたんだ。今の感覚で言えば、かなりのハイスペックPCが買えるくらいの金額だから、当時としてはとんでもない大金だよね。

街にはパソコンショップが軒を連ねていて、ショップやソフトの販売店が並んでいる光景を見るのが大好きだった。まるで自分がテクノロジーの進化の最先端にいるような、そんなワクワク感があったんだ。パソコンが壊れたらショップの店主に泣きついて、店員さんや見習いの人に修理やOSの再インストールをしてもらったりね。

パソコンを手に入れてからは、自分でゲームをインストールしたり、フォルダを新規作成してゲームごとにファイルを整理したりすることも覚えた。そうしないと、変な不具合が起きちゃうから。当時はダイヤルアップ接続でネットなんてほぼ無いに等しかったから、ゲームは全部CD-ROM。だから、変なウイルスやアドウェアを掴まされる心配もなかった。

Windows 98やXPの時代、OSの再インストールといえば「Ghost」っていうソフトが定番だった。でも、結局ITを仕事にするようになっても、自分では一度も使わなかったな。なんだか、いまいち信用できなかったんだよね。

Windows 98では面白いゲームをたくさん遊んだ。「大富翁4」「剣侠情縁2」「スタークラフト:ブルードウォー」「レッドアラート」「ニード・フォー・スピード」、それに「メタルスラッグ」みたいなアーケードエミュレーターとか。ファミコンとPCゲームが共存していたあの頃、ゲームは僕に新しい世界を見せてくれた。

土日になると祖母の家へご飯を食べに行き、その「ついで」に兄貴の家へ行ってゲーム画面を眺めていた。兄貴は地頭がすごく良くて、毎日ゲーム三昧でもクラスで1番を取るようなタイプ。ゲームの腕前もプロ級で、横で見ているのが本当に楽しかった。ストーリーをじっくり楽しめるからね。今思えば、あれが僕にとっての「元祖・ゲーム実況」だったんだな。

Windows XPとダイヤルアップ接続:

Windows 2000の時代はあっという間に過ぎ去り、次に来たのはWindows XPの時代だった。あの頃は、毎日が期待と進化に満ち溢れていたように思う。インターネット技術が産声を上げたばかりで、僕自身もネットの世界に足を踏み入れたのはXPからだった。

中学2年の時、幼馴染が家に来て「お前、QQ(メッセンジャー)持ってる?」と聞いてきたのを覚えている。「持ってるよ」と答えると、「じゃあ、スタークラフトやる時にQQ対戦プラットフォーム使ってる?」と。当時の僕はちんぷんかんぷんで、彼に登録方法や対戦のやり方を教わった。その流れを覚えると、今度は僕が周りの友達全員に広めて回った。

そうして、みんながインターネット時代に突入した。CS 1.5、エイジ オブ エンパイア II、スタークラフト、レッドアラート……オンラインで対戦できるのが楽しくて仕方がなかった。その輪はどんどん広がり、クラスメイトたちとゲームのクランを作るまでになった。校内スポーツ大会の時期になると、みんなでネットカフェに陣取って10台並んで対戦したのもいい思い出だ。

その後、シンガポールのドラマ『力克千年虫(インターネット・サバイバル)』を見てハッカーに強い憧れを抱き、プログラミングやセキュリティの情報をネットで漁り始めた。幸い当時はネットの黎明期で、誰もが自分の技術を惜しみなく共有していた。中2の国慶節の連休、僕はC++で初めてのQQアカウント盗難ソフトを書き上げ、見事「ターゲット」に送り込んで、2から始まる古いアカウントを手に入れた。僕が自分で申請したアカウントはもう4か5から始まっていたから、それは特別な戦利品だった。

それからは土日も勉強に明け暮れ、中2の夏休みには仮想マシンとVC++ 6.0を使いこなし、PCを遠隔操作できる人生初のトロイの木馬を完成させた。Web攻撃の原理も理解した。すべてが刺激的だった。今の視点で見ても、当時の技術コンセプトは非常に進んでいたと思う。IT業界は「中身は同じで器が変わっただけ」のようなところがあり、本質的にはそれほど進歩していないのかもしれない。

90年代生まれ(90後)は、あらゆる世代の中で最も幸せな世代だと思う。ゲームひとつとっても、子供時代にはファミコン時代があり、『スーパーマリオ』『熱血シリーズ』『魂斗羅』『メタルマックス』といった超名作に触れてきた。

PS2やPSPの進化も目の当たりにし、『真・魂斗羅』『真・三國無双』『NARUTO』などに熱中した。

PCのシングルプレイ全盛期には、『スタークラフト』『レッドアラート』『剣侠情縁』『CS』『ウォークラフト』『ディアブロ』『ヒーローズ・オブ・マイト・アンド・マジック3』といった不朽の名作があった。

そして、それらの傑作がネットを通じてオンラインゲームへと進化していく過程も体験した。

さらにその後、AndroidやiOSの普及によるモバイルゲーム、Steam、そして数々の3Aタイトルまで……世界が豊かになっていく様をこれほどダイレクトに体感できたのは、まさに「黄金世代」だけだろう。

【考察】

なぜ僕は、こうした「中式夢核(チャイニーズ・ドリームコア)」なものに惹かれるのか。それは、これこそが僕の子供時代、ミレニアム前後の1998年から2013年という黄金期の記憶そのものだからだ。世界がどうなったとか、国家がどう動いたかという大きな物語には興味がない。ただ、僕の周りで何が起き、僕自身に何が起きたのか、それだけを見つめていたい。

ドリームコアの色調とは何だろう?

それは、温かく明るく、それでいて切ない色だと思う。例えば、夏休みの午後にうとうとと目が覚めた時の感覚。両親はまだ仕事で、近くの幼稚園もまだ終わっていない。ブラインド越しに差し込む日差しが、ちょうど足元をぽかぽかと温めている、あの感じだ。

なぜあの頃を懐かしむのか?

こうした写真を見ると、多くの人はその風景の中を生き生きと動き回る人々を思い浮かべる。白髪のない若々しい父さんや母さんに会いたいと思い、まだ元気だった祖父母の家で遊びたいと願う。今は生活に押しつぶされそうで、日々の暮らしに悩み、良い仕事のために競争に明け暮れ、毎日がどこか死んでいるように感じるから。


「15年分の盛夏を置き去りにして」

15年前、 君はここに住んでいた。 そして今、またここに来た。 ドアを開けると、厚い埃が積もっている。 それは埃なのか、それとも募る思いなのか。 床に、そしてあの頃の記憶に、幾重にも重なっている。 記憶が脳裏に溢れ出す。

君は15年分の盛夏を逃してしまった。 窓の外には緑が広がり、蝉が鳴いている。 あの団扇を覚えているかい? 窓際で枯れ果てた観葉植物を見たかい? 君の心の中で激しく蔓延っているものは、一体何だ? 流れる命は、盛夏の樹々に茂る葉のようだ。

木漏れ日がキラキラと君の顔に落ちる。 夕日が大地を染め上げる。 けれど君は別の場所にいて、この盛夏の鼓動を感じていた。 それは葉っぱじゃない、躍動する命だ。 歳月の記憶の中に、はらりと落ちた。

すべてが昨日のことのように思えるかもしれない。 けれど、もうずいぶん長い時間が経ったんだ。 机の上には15年前のミネラルウォーターが置かれたまま。 ソファには2枚の列車チケットが散らばっている。 それらは、ずっと君が帰ってくるのを待っていた。

君がどこへ行ったのか、僕にはわからない。 君がいなくなってから、 ここには誰も来なくなった。

僕がコバルトブルーの窓から外を見る時、そこにあるのは「かつて」。 君がコバルトブルーの窓から中を覗く時、そこにあるのは「思い出」。

かつての日々は平凡だったと思うかもしれない。 けれど、その平凡な日々こそが幸せの輪郭を描いていた。 ここの風景を、永遠に記憶の中に刻んでおこう。

たぶん、 子供の頃と、老人になってからしか、 ここでは幸せに暮らせないのかもしれない。


時々考える。僕はとても長い夢を見ているんじゃないかと。 大人になって、結婚して、自分のキャリアを築いて……。 ふと目が覚めたら、国語の期末テスト対策の授業中だったり、自分の部屋のベッドの上だったりするんじゃないかって。

この記憶たちが、僕の中で永遠に生き続けますように。 これからも、何度も君に会いに行くよ。

男尊女卑的な考え方と、損得勘定についての考察

身近にこういうタイプが一人はいませんか。長く付き合ってみると、彼が作り上げている(あるいは自負している)キャラクターが見えてきます。

それは、「成熟していて、大局が見えて、ポジティブ。周囲に配慮し、他人の気持ちを汲み取れる。亭主関白気味だけど、気前がいい」というもの。

実のところ、これら全ての要素は彼の「成熟」という一点から派生しています。実際、彼はいい奴なんです。その成熟さゆえに、日常生活や仕事で助けられることもあるでしょう。

でも、今日ここで解剖したいのは、「なぜこれほど成熟しているのに、彼の人生はうまくいかないのか」という点です。


👥 人間関係について

彼は、自分では認めないかもしれませんが、典型的な「お人好し」です。そのため、周りは何かあれば彼を頼ります。彼自身が不得意なことでも、プライド(面子)が邪魔をして断れません。「味方は多いに越したことはない」という考えから、価値のない雑用にとてつもない時間を浪費してしまいます。

彼は、パートナーや子供、友人など、周り全員を幸せにしたいと願っています。だから常に考え事が多く、時には考えなくていいような些細なことまで敏感に察知してしまいます。本人はそれを「成熟」だと思っているのでしょうが、現実問題として、彼には周囲全員を幸せにするほどの実力はありません。

また、彼は「聖母のような心」を持っていて、周りにも自分と同じような「愛と平和」を求めます。しかし現実はそう甘くありません。救いようのない人間に時間を割いて更生させようとしたり、自分とは違うタイプの人間に干渉して変えようとしたりします。親しい友人に対しても、細かな部分で自分と歩調を合わせるよう期待してしまうのです。


💍 結婚について

このタイプのお人好しの結婚は、最初から悲劇である可能性があります。例えば、愛があるからではなく、長く一緒にいたから「責任を取って」結婚したり、デキ婚で「筋を通すため」に入籍したり。しかし、元々合わない二人なので、子供ができても夫婦仲は冷え切ったまま。そこで彼は「子供が足りないから仲が悪いのか?」と考え、さらにもう一人作るという決断をします。

結婚前には、愛が薄くても「男の甲斐性」を見せようと、不動産の名義を妻だけにしたりします。「離婚を前提に考えるのは縁起が悪い」という理屈です。

結局、二人の関係が破綻した時も、彼の亭主関白なプライドが発動します。「離婚していい。家はお前にやる。俺は身一つで二人の子供を引き取る。文句ないだろ!」と。しかし、実際の彼の収入は、自分と子供二人、そして両親を養うのが精一杯。日本の家庭構造に似ていますが、元妻は家を手に入れ、自由になり、新しい彼氏を作って自分のためだけに生きています。

今の彼は、元妻名義の家に子供と母親と住み、元妻が外で新恋人と住む部屋の家賃まで払っている。子供の世話もしない元妻のために。これでは、女性の役割はただ「出産」するだけで、あとは家を奪って去っていくだけの存在になってしまっています。

そんな中、彼は離婚危機の時期に再会した高校時代の女友達(シングルマザー)と一緒になる決断をします。お互いに不幸な結婚を経験した者同士。しかし彼の中では、今や「妻一人と子供三人」を養っている感覚です。根拠のない「男の責任感」ゆえに。


📚 学習について

彼はこれまで、学ぶ時間をほとんど取ってきませんでした。彼の価値観では「スキル系の勉強ばかりすると、マネジメント層に行けなくなる」という思い込みがあり、あえて技術的な知識を避けてきたのです。かといって、家庭の事情で忙しく、教養としての文史哲に詳しいわけでもありません。

新しいトレンドにも興味を示しません。「そんなの一時的な流行りだ」と切り捨てます。そのため、若い世代と食事をしても、ゲームや流行りのドラマ、ニュースの話題についていけず、愛想笑いをするしかありません。そして「今の若い奴らは何を考えているか分からん」と、時代から取り残された疎外感を感じるようになります。

女性特有の話題(コスメやファッションなど)も「面倒なもの」として切り捨てます。彼が求めるのは、外見を飾ることに時間をかけず、精神的に共鳴できる女性です。女性を理解しようとする男は「時間の無駄」だとでも思っているのでしょうか。

次第に、周りが良いものを勧めても、彼は生返事をするだけで実際に見ようとはしなくなります。勧められたものを心のどこかで見下しているのかもしれません。その結果、周囲は彼に何も勧めなくなり、距離を置くようになります。すると彼は「なぜみんな俺に話しかけてくれないんだ」と不満を漏らすのです。


🧠 心理状態

これらの要因が積み重なり、彼は自分の人生に対して深刻な不安を抱えています。例えば、チーム内での彼は核心的な戦力ではなく、実質的には「雑用係」です。メンバーAからBへの連絡をわざわざ自分が仲介することで「自分は役に立っている、コミュニケーションを円滑にしている」と思い込もうとします。

長年働いてきても、関わった社会やプロジェクトはごくわずか。前述の「男のプライド」のせいで膨大な時間を浪費し、結局何も成し遂げられていないのです。周りと比べ、自分はなんて無力なんだと打ちのめされています。

誰よりも「成熟」しているはずなのに。