普通の家庭から大学に進んだ子たち

この記事では、ここ数年、歴代の大学生たちを見てきて感じたことや考えをシェアしたいと思います。あくまで個人的な見解ですが、分析についてはできる限り中立な立場で行ったつもりです。

情報は、身近なHR(人事)、大手企業の役員、外資系の役員、大学院受験生、職業訓練業界などから集めたものと、自分自身の経験を整理したものです。

対象はIT系の大学生、および他業種からITへ転向した大学生に限定しています。他の業界については、統計的な判断を下せるほどの情報がないためです。


2013-14年:ITオタクのロマンと向上心

2013年から14年頃を振り返ると、当時は「三本(中堅以下の私立大)」の学生でも、技術に対してかなりストイックな追求心を持っていました。当時は「人人網(レンレンワン)」というSNSが流行っていて、例えばC++をマスターすると決めた学生が、自分の名前の後ろに「李明cpp」みたいに付け足したりしていました。ITオタクらしいロマンというか、自分を追い込むモチベーションにしていたんですね。

当時の学生はとにかく勤勉で、「良い仕事に就きたい」という意欲が非常に高かった。自力で技術を深掘りするタイプも多かったです。当時知り合った技術系の友人たちは、今では誰もが知る大手アプリ企業のシニアマネージャーや技術職として活躍しています。

当時は「三本卒だろうが、本人がやる気になって技術を磨けば、まず食いっぱぐれることはない」という空気感がありました。


2015-18年:忍び寄る「積みゲー」的な学習スタイル

2015年から18年頃になると、人人網は廃れ、WeChatが主流になりました。ただ、大学生の間では依然としてQQが主な連絡手段でしたね。

この時期の学生もまだ技術への追求心は持っていましたが、後半になるにつれて「形だけの学習」が増えてきた印象です。ネットの教材を買って百度雲(クラウド)に保存しただけで、勉強した気になってしまうようなタイプです。

仕事探しの難易度が少しずつ上がり始めたのもこの頃です。敏感な学生は海外、特にヨーロッパへ「箔付け」の修士留学に行き、そのまま現地で就職(潤)する道を選び始めました。今振り返れば、2018年前後のこの選択は非常に正解だったと言えます。

一方で、IT大手の採用枠はまだ健在でしたし、IT以外の伝統的な実業も好調でした。ITから実業に転身して年収200〜300万元(約4000〜6000万円)稼ぐような友人もいて、まさに「百花繚乱」の時代。当時は、ここが多くの業界にとってのピークになるとは夢にも思いませんでした。


2019-21年:ショート動画の台頭と「寝そべり族」

この時期は、ピークからコロナ禍の3年間へと突入するカオスな期間です。

2019年あたりから、211や985(中国の超名門校)の学生であっても、明らかに「質」が落ちたと感じるようになりました。偏差値に関わらず、誰もがTikTokや快手などのショート動画に没頭し始めた時期です。

私の観察では、ショート動画の台頭と大学生の全般的な思考力の低下は、驚くほど時期が一致しています。

この頃から「擺爛(投げやり)」「躺平(寝そべり)」といったネガティブな言葉が流行りだしました。単なるネット上のネタかと思っていましたが、彼らは本当にそれを「知行合一」で実践してしまった。将来何をしたいのか分からず、何かに取り組ませようとしてもハードルが異常に高い。企業側は「人がいない」と言い、学生側は「仕事がない」と嘆くミスマッチが深刻化したのもこの時期です。

また、都市部の不動産価格がピークに達し、「今買わないと一生買えない」という強迫観念が社会を覆っていました。かつての「親のスネかじり」という批判も消えました。地方から都会に出てきた若者が家を持つには、親族総出で頭金を工面する「6つの財布」を空にするのが当たり前になったからです。

そして、経済の熱狂が頂点に達したところで、コロナがすべてを一変させました。


2022-2024年:スマホ世代の「PC音痴」と極端な思想

この記事を書いているのは2024年11月。コロナが明け、日常が戻りましたが、今の大学生はさらに変化しています。

彼らの思想は非常に「紅(保守的・愛国的)」になり、自分たちの考えと少しでも違う意見には一切耳を貸さない傾向があります。その一方で、実務能力は極めて低い。

私たちの世代は、学校のパソコンの授業でソフトのインストールやタイピングを教わりました。「21世紀を生き抜く鍵は英語とパソコンだ」と叩き込まれたからです。

しかし今の世代は、物心ついた時からスマホやタブレット。学校教育も標準的なカリキュラムのみ。その結果、IT専攻の学生であっても「パソコンの使い方がわからない」「タイピングができない」「ソフトをインストールできない」という子が続出しています。まるで近所のおじいちゃん、おばあちゃん状態です。

昔、「ネットサーフィンのやり方」を教える塾で大儲けした人がいましたが、今またその手のビジネスが必要とされる時代が巡ってきたのかもしれません。


💡 まとめ

現在、私たちが接する大学生の学歴(偏差値)はどんどん上がっていますが、全体的な実務レベルは数年前の三本卒の足元にも及びません。

これはあくまで私の長年の観察結果であり、その原因を深掘りするつもりもありません。個人にできることは何もないからです。賢い相手には賢いなりの、愚かな相手には愚かななりの戦略で向き合うだけです。

さて、そろそろ仕事(トレード)に戻ります。

トレードをやりたがってる友達の話

これは、トレードの世界に足を踏み入れた僕の友人の物語だ。彼が自ら道を切り拓こうとした経験が、稼ぐことやトレードに興味がある皆さんの参考になればと思う。

仮に彼の名前をAとしよう。Aはなかなかのイケメンで、学歴も学部・修士ともに211工程以上の名門校出身。幼い頃から成績優秀で地頭も良く、大学時代はいわゆる「デキる学生」として、考えうる限りの栄誉を総なめにして南部の985工程(超一流大学)の院に進学した。

ここで一つ知っておいてほしい。高学歴な人間には共通の「病」がある。それは、目に見えることはすべて自分なら難なくこなせると自惚れてしまうことだ。そして、それが彼らの致命的な弱点にもなる。

Aも例外ではなかった。僕らが普段からよくつるんでいたこともあり、彼は僕のチームがトレードでかなり利益を出していることを知っていた。ある日、Aは僕を食事に誘い、「どうすればトレードができるようになるか」を相談してきた。どの取引所に登録すべきか、といった具体的な話からだ。

さすがだと思ったのは、彼の情報収集能力の高さだ。何事も飲み込みが異常に早く、あっという間に取引所の使い方や各種ボタンの仕組み、裏側のロジックまでを把握してしまった。

しかし、次にトレード学習者にとって最初の壁がやってくる。「注文を出す」ことだ。実際にUSDTを入金し、最初の一歩を踏み出すには相当な勇気がいる。それまで学んだ知識を、身銭を切って実践に移さなければならないからだ。

金融トレードというのは、一見すると非常にシンプルな商売に見える。例えば、ビットコイン(BTC)の価格が今いい感じだと思えば、「買い」をクリックして10倍のレバレッジをかける。BTCが1%上がったところで売れば、元本に対して10%の利益が出る。そこで利確して、おしまい。

この「ロング(買い)」と「ショート(売り)」という二つのボタンしかないシンプルさ、そして期待値の高さが、人にギャンブルの火をつけてしまう。だからこそ、上げ相場だろうが下げ相場だろうが、常に多くの人間が強制ロスカット(破産)を食らうのだ。

Aは非常に慎重だった。最初は順調に利益を出し、彼なりにトレード観を語り始めた。「これ、実はそんなに難しくないね。チャンスさえ掴めれば……」と。まあ、安く買って高く売れば儲かるという理屈は、確かにその通りなのだが。

その後、相場がレンジ(横ばい)に入ると、Aはそれまでの利益をすべて吐き出した。そこでようやく自分の力不足を悟り、トレードの知識を本格的に学び始めた。トレードの世界には、それこそ「派閥」が山ほどある。チャンルン(纏論)、裸K(プライスアクション)、インジケーター、テクニカル流、フィボナッチ、ギャン、ダウ理論……。

学究肌のAは、あろうことか全ての流派を網羅してしまった。ところが、学べば学ぶほど、また負け始める。985工程の院生である自分が、なぜこんなに苦戦するのか。ある時、Aとこんな会話をした。

A:「知っている限りの手法は全部学んだはずなのに、全然うまくいかない。お前らはどうやって利益を出してるんだ?」

僕:「僕らも散々負けた末に、ようやく自分たちの『トレードシステム』を構築して、それでやっとトレーダーたちが勝てるようになったんだよ」

A:「『システム』なんて抽象的すぎて怪しいな。もっと金融の論文や、コンピューターによるクオンツ・トレードの論文を調べてみるよ。そうしないと、このまま負け続けるわけにはいかない」

ここで僕らの道は分かれた。彼の考えが正しいかどうかは断言できないが、少なくとも僕は、金融の専門家がトレードの怪物になった例を一度も見たことがない。たとえ彼らが、スマホの画面越しに見る「ファンドマネージャー」だったとしてもだ。

その後、AはC9(中国のトップ9大学)のコンピューターや金融の「大物」たちを訪ね歩いた。その面々の肩書きは恐ろしいほど立派で、日々さまざまな会議に出席し、メディアやSNSでもてはやされているような連中だ。

ある日、Aが言った。あるグループに入ったのだという。そこにはクオンツの手法や数式、アルゴリズムが溢れていて、管理人はC9の大学を卒業後、アメリカのアイビーリーグで金融の修士を取り、数々の国際会議に参加している人物だそうだ。Aはその資料を必死に読み込んでいた。

もちろん、僕は自分の意見を押し付けたりはしない。ただ、もしその人物が本当にそれほど凄いなら、判断基準は一つだ。「その人物の実際のトレード履歴(約定履歴)と収益曲線を見せてくれるか?」

もし君が、いわゆる「アカデミックな雰囲気」に惑わされそうになったら、一度考えてみてほしい。もしC9クラスの大学教授の学術的な能力が、そのままトレード能力に変換できるのだとしたら(本当に実力がある前提だが)、彼は一体どれほど恐ろしいトレーダーになっているはずだろうか?

底辺同士の潰し合いって、どうして起きるんだろう

ここで言う「底辺」とは、認知レベルや収入の多様性が著しく制限されている人、あるいは、この記事を読んでいるあなたの基準から見て、収入やいわゆる「社会的な地位」が下にある人たちのことを指しています。

実際、私たちの社会において「底辺同士の足の引っ張り合い」は避けがたい側面があります。その主な要因は、法整備の不備、そして人間性や業界構造そのものの問題にあります。

業界による違い

国内のあらゆる業界は分業化されており、収益の上げ方は大きく分けて以下の数パターンに分類できます。

  1. 生産型:自ら物を生産し、需要に応じて販売して収入を得る。農業や製造業などがこれにあたります。
  2. 組み立て型:他人が作ったものを仕入れ、仲介者としてプロモーションや加工(組み立て)を行い、サービスとして提供する。自動車販売や飲食業などが代表的です。
  3. 引き寄せ型:需要に合致するものを自ら創造・所有しており、それを探し求めている人が向こうからやってくる。プロモーションはほぼ不要で、自分の仕事を全うするだけで収入になる。例えば、独自のトレードシステムを持つトレーダーや、独占的な技術、エネルギー、秘伝のレシピなどを持つケースです。

一般的な認識として、これらの中で最も「底辺同士の潰し合い」が起きやすく、かつ多くの人が従事しているのが「組み立て型」のビジネスです。

人間性と法律

例を挙げましょう。あなたが1個50ドルのハンバーガー店を開いたとします。原材料はこだわり抜き、自ら試食を重ね、牛肉も産地直送、衛生管理も徹底して賞味期限を少しでも過ぎれば廃棄する。利益20ドルなら極めて良心的だと自負しています。

そこへAという人物が現れます。Aは「50ドルは高すぎる」と考え、安い肉とそれなりのパンを仕入れるルートを確保し、あなたの向こう正面に店を出します。販売価格は40ドル、原価は15ドル。利益は25ドルで十分だと考えます。さらにAは客が来るたびにこう吹き込みます。「向こうはボッタクリですよ。この前、あそこの厨房でゴキブリが何十匹も這ってるのを見ちゃいましたし」

さて、あなたに何ができるでしょうか? 仮に訴えたとしても、勝敗に関わらず「あの店にはゴキブリがいる」という噂は広まってしまいます。「デマを流すのは一瞬だが、否定して回るには一生かかる」のです。ダメージが一度定着してしまえば、裁判に勝っても経営的には大打撃です。

現実問題として、こうしたトラブルへの法的対処は理想通りにはいきません。今の法制度にはまだ改善の余地が多分にあるからです。

これが、多くの人が「実業(伝統的な業界)は疲れる」と感じる理由の一つです。実業はあまりにも「生々しい人間性」に直面する業界だからです。私の周りでも、お金を貯めて「自由な働き方」を夢見て実店舗を持った友人が多くいますが、Aのような競合に潰されるか、内部トラブルで自滅するかのどちらかがほとんどです。

他人が儲かっているのを見ると、「簡単そうだ、自分にもできる」と安易に模倣を始める人がいます。しかし彼らの目的は「手っ取り早く稼ぐこと」だけなので、価格競争や品質低下といった、いわゆる「悪貨が良貨を駆逐する」ような強引な手法に走り、結果として業界全体の信頼を損なわせるのです。

親が子供に「〇〇業界は闇が深い(水が深い)」と言うのは、まさにこういう側面を指しています。

「引き寄せ型」のビジネスとは?

私の狭い知見の範囲ではありますが、私が従事している「トレード」は引き寄せ型のビジネスに属します。例えば、私たちのチームはブロックチェーンのクオンツ(自動売買)システムの開発に注力しています。アルゴリズムを用いて自動で取引を行い、データを分析してトレードを執行する仕組みです。

これは本質的に金融取引であり、外部の不要な人間関係や協力に煩わされることも、各所の有力者に媚を売る必要もありません。

私たちは「桃源郷」にいるかのように、自分たちだけで利益を上げることができます。まず自分たちの生活基盤を固めた上で、さらに収益を伸ばしたい時は、大手プラットフォームでコピートレード(公開運用)のアカウントを開設します。

そこには、競合相手という感覚がほとんどありません。私たちのトレードスキルが特別高いからではなく、成績(収益曲線)がすべて公開されているからです。実績さえ出せば、投資家は自然と集まってきます。原理としては、淡々と運用するプライベート・ファンドに似ています。

トレード業界に入ってから、前述したような「底辺同士の足の引っ張り合い」に遭遇することは激減しました。もちろん、「この実績は本物か?」「そんなに勝てるならなぜ公開するのか?(私たちは資産家ではないので、元手が少ないからです)」といった疑いの目は向けられます。

しかし、それ以上の嫌がらせはありません。今の取引所はコピーガードなどの保護機能もしっかりしており、パクリも減っています。何より、自分たちの中で経済圏が完結しており、無理なマーケティングをする必要がない。これこそが「引き寄せ型」ビジネスの最大の利点だと言えるでしょう。