あの時、院試を受けなかった自分に感謝

ここ最近、就職や失業の話題が持ちきりだけど、正直かなり重いテーマだよね。原因は多岐にわたるけど、結局は大学入学後の人生の選択の積み重ねだし、中年に差し掛かってから気づいても、手遅れなケースがほとんどだから。

大学時代の観察

大学の頃の僕は、わりと外の世界と接点を持つのが好きなタイプで、1年の時から自分のスキルを武器に、現場で10年以上やってるエンジニアたちと交流してた。自分の力不足を痛感しては対策を練り、信頼できるスクールに通ったり独学したりして、ベテラン勢にも一目置かれるくらいには食らいついていったんだ。

でも、同年代の連中は僕のこういう動きを冷ややかな目で見てた。「親に大学まで出してもらって、勉強以外に何があるの?」っていう思考停止状態。

彼らは「大学」という狭い枠に縛られていて、ある単純な事実に気づいていなかった。もし大学の先生が本当にテンセントで年収1000万円以上稼げる実力があるなら、わざわざ大学で教鞭なんて執るわけないでしょ?社会に出たことも、まともに働いたこともない人が、どうやって高給取りになるための指導ができるっていうの?

僕は情報工学系だったから、デジタル回路とか信号処理とか、退屈な講義も多かった。正直、1年の時点で「これ、いくら極めても将来役に立たないな」って直感してた。

だから、現場を知るベテランや、大手に入ったばかりの友人に「仕事で本当に必要なものは何か」「どんな奴が現場で重宝されるのか」を徹底的にリサーチした。この時の「思考の差」が大きな情報格差を生んで、今、当時の同級生の多くが減給や失業に苦しんでいるんだと思う。

僕にとって大学に行く目的は「お勉強」じゃなかった。地方から大都市に出てきて、そのプラットフォームを利用して業界のキーマンと繋がり、的確なアドバイスをもらうことだったんだ。

もし大学の講義だけで通用するなら、イェールの公開講座を観れば誰でもイェール卒と同等のレベルになれるって理屈になっちゃうでしょ?


家庭環境の影響

学習意欲や視野の広さは後天的に鍛えられるかもしれないけど、やっぱり家庭環境の影響は絶大だと思う。

僕の両親や親戚は、いわゆる「古き良き時代の大学生」で、当時は就職も斡旋されるような時代だった。時代の波に乗って順風満帆な人生を送ってきた人たちだから、僕の教育に関してもわりと放任主義だった。

おかげで、幼い頃から大人の会話を通じて世渡りの術や裏話、偏見に満ちた本音まで耳にする機会があった。

特に「アカデミックな世界」の裏側は興味深かった。親戚に誰もが羨む名門校の副教授がいたから、学術界の「残りカス」みたいな話もよく聞いたんだ。

例えば、大学院の指導教官の中には、実は実力がスカスカで、金に物を言わせて論文を量産しているような人もいる。彼らなりの互助会みたいなコミュニティがあるらしい。ひどい話になると、親戚が電話してる相手の教授は、パソコンのキーボードすらまともに打てなかったなんてことも……。

彼らは学界にいることを誇りにして、実務的な技術を「低レベルだ」と見下す傾向がある。僕の大学の先生も「C++さえやればいい。PythonやJavaなんて頭の悪い奴がやるもんだ」なんて言ってたけど、まさにそれ。

でも、いざC++の実務開発について聞くと、何一つ答えられない。ボロが出そうになると「俺は〇〇プロジェクトで〇〇賞を取ったんだぞ」って権威でねじ伏せてくる。

そのプロジェクトだって、審査員をやってる親戚に言わせれば、チームの誰も中身を理解してないような代物だったりする。ドラマ『潜伏』の「口では主義を語り、腹では商売を考えている」っていうセリフ、本当に言い得て妙だよね。

僕はこういう実態を小学4年生で知ってしまった。中学の時、その親戚に「大学に行ったら、教授を軽んじるな。だが、崇めることもするな」と言われた。当時は当たり前のことだと思ったけど、実際に彼らと対峙してみて、ようやくその言葉の深い意味が理解できた。

そんな環境で育ったから、論文の数でマウントを取るような「自称大物」には全く興味が持てないし、院生や博士のレベルにも懐疑的になった。社会に出てさらに広い世界を見ても、その感覚は間違っていなかったと確信している。


社会に出てからの視点

卒業後、親からは院進や公務員を勧められたけど、僕には合わないと思った。

みんなが院進を勧める理由はだいたいこんな感じ:

  • 学歴への不安? 学部生が増えれば院生も増える。結局いたちごっこでしかない。学歴のラダーで競い合うほど無意味なことはないと思う。 もちろん、大卒と高卒・専門卒では住む世界が違うのは事実。受験というフィルターは、ある程度「地頭」の選別として機能しているから。でも、旧帝大クラスの研究室を見ていても、論文を数枚読んで「クソみたいな重箱の隅をつつく」ような研究をしたところで、学部生より知識が深まるとは思えない。 院卒のプログラマになったからって、ifswitchの実行速度が速くなるわけじゃないでしょ?会社に入れば結局はルーチンワークだし、1年の実務経験を10年繰り返すだけの人も多い。学歴コンプレックスなんて持つ必要はない。

  • 院卒の方が昇進が早い? 学歴を極端に重視する一部の外資系を除けば、まずは「人間力」で勝負できるポジションまで登り詰められるかを心配した方がいい。

  • 周りがみんな行くから? そんな理由で行く奴は、結局自分が何をしたいのか分かってないだけ。

人生の分岐点では、自分が好きな道を選べばいい。もし迷ったら「やりたくないこと」を消去法で除いていく。そうしないと、得意でもなければ好きでもない道を歩む羽目になる。

大学も、学位も、教授も、過度に神格化する必要はない。彼らもただの人間だ。表に見せている顔の裏で、どんな手を使っているかなんて分かりゃしないんだから。

人生は一度きり。自分らしい生き方を選ぼう。あんなに苦しい思いをしてまで、不毛な競争に巻き込まれる必要なんてないんだから。