自分の立ち位置が分かっていない
私が接してきた大手(アリババ、テンセント、ピンドゥオドゥオ、バイドゥ、美団など)のエンジニアたちの多くは、「こいつ、マジでエンジニアだな!」という印象。……まあ、これはオブラートに包んだ言い方で、ぶっちゃけて言えば「こいつ、エンジニア以外に道がないな」っていう。
技術的な話をするとき、彼らの目はキラキラ輝き、世界は自分を中心に回っている。だから、クライアントが理解できないなんて微塵も思わない。相手の目に「ハテナ」が浮かんでいるのに気づくと、その目は少しずつ見下すような、あるいは諦めに似た光を帯び始める。
だからクライアント側からは、一括りにこう呼ばれる。「しょせん外注の分際で」と。そう、エンジニアが最も嫌う言葉が「外注(アウトソーシング)」だ。人権がなく、差別され、食物連鎖の最底辺。たとえ社内で神扱いされていようが、フォーラムで新技術を発表していようが、「外注」という宿命からは逃れられない。
果たして、その呼び方は正しいのか? 続きを見てみよう。
自分が何をしているのか分かっていない
大学時代に、企業で働いているエンジニアと知り合ったとする。どんな会社であれ、彼らと話すと決まって「このプロジェクトは俺が立ち上げた」「この会社は俺がいないと回らない」なんて印象を受ける。
だが実際、大手や企業に入ってみると、エンジニアがコードを書いている時間は極めて短い。大半は会議、会議、また会議だ。コミュニケーションが苦手な連中ほど、コミュニケーションに時間を費やしている。そのせいで、世間には「コードを書く=ハイテク産業」という幻想が植え付けられている。
平均して1日に書くコードなんて、せいぜい50行以内。本当にやることがないのだ。それに企業側も、エンジニアの代替可能性を高めるために、ガチガチのフレームワークを用意して、決まった範囲内でしか動けないようにしている。
杭州に、アリババで高年収の「Pランク」だった友人がいる。彼は辞めた後、スタートアップに参画し、アプリ全体をチームリーダーとして作り上げた。技術力は超一流だ。しかし結局、創業メンバーは彼を連れて先へ進むことはせず、去るに任せた。
彼はひどく落ち込み、夜、私を飲みに誘ってこう溢した。「俺がいなきゃあの会社は終わりだ! 経営陣に技術が分かる奴なんて一人もいないんだぞ。そのうち泣きついてくるはずだ」
結局、チームが彼を呼び戻すことはなかった。それどころか、3日もしないうちに別のアリババ出身の猛者を見つけてきて、プロジェクトは何事もなかったかのように進んでいった。
私は彼に聞いた。「毎日、具体的に何をしていたか正確に覚えてるか?」
「ああ、分かってるよ」
「じゃあ言ってみろ、はっきりさせようぜ」
彼は、大手特有の標準的なワークフローを滔々と語った。
私は言った。「それって、短期の研修を受ければ誰でもすぐに習得できて、代わりが務まる仕事じゃないか?」
彼は黙り込んだ。
思い上がり
大抵の場合、学部や修士を卒業して就職する際、最も給料が良いのは金融かITだ。
だからIT系の連中は、長年の努力が実を結び、ついに「勝ち組」になったと勘違いする。比喩ではなく、本気で自分たちが特権階級になり、社会的地位が上がったと思い込むのだ。
なぜそんな心理になるのか、かつて上海の陸家嘴にある銀行のIT部門で働いていた自分自身の記憶を辿ってみると、理由はだいたいこんなところだ。
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世間の多くの人の給料は、エンジニアの初任給あたりで頭打ちになる。つまり、彼らが昇進してようやく手にする額を、最初から(あるいはそれ以上)手にしている。
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田舎のガリ勉だった自分が、今や世界有数の大都市で働き、オフィス環境も抜群。資本家も意外と悪くなく、タクシー代は出るし、食堂やジムまで完備されている。「自分もついに主役になった」と錯覚する。
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給料が高すぎて、ストックオプションまである。将来上場すれば資産数億、うまくいけば社長とアメリカで鐘を鳴らせるかもしれない。
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杭州のマンションが高かろうが、自分はもっと稼げるようになる。レバレッジをかければ豪邸だって買える。まだ25歳、未来は明るい。それに比べて、公務員になった同級生や国営企業に行った連中にはこう言ってやりたい。「おい、男は仕事選びを間違えちゃダメだぞ」と。
人生はマラソンである、というのは綺麗事ではない
小さな歯車がいくら速く回ったところで、摩耗すれば捨てられるだけだ。一方で、大きな歯車は工場から出た瞬間から、大きな歯車なのだ。
私から見れば、多くのエンジニアは「にわか成金」の農民のようなものだ。少し金が入ると「都会的な生活」に憧れ始める。例えば、996(朝9時から夜9時、週6勤務)の激務の後にジムへ通う。彼らの素朴な健康観では、過酷な労働を運動で相殺できると思っているのだ。そして……大手企業のエンジニアが突然死する。
それを見たクライアントの偉いさんたちは、鼻で笑っているだろう。「外注の分際で、命を惜しんでるのか?」と。
ある程度の年齢になれば、エンジニアにも家庭ができ、守るべきものが増える。資本家からすれば、これほど扱いやすい存在はない。弱みを握られ、大手の肩書きはあるが外では仕事が見つからない人間ほど、御しやすいものはないのだ。
その時になって、彼らはかつて見下していた国営企業や公務員の友人たちを見て、何を思うのだろうか。
世の中には、金では測れないことがたくさんある。ましてや、雇われの身で稼ぐ金など、たかが知れているのだ。

